コールタール塗装は、かつて防食・防水塗料の代名詞として広く使われてきました。しかし現在では、健康リスクや施工上の課題から使用が減少し、より安全で高性能な代替塗料が主流になりつつあります。
この記事では、塗装職人として50年の経験を持つ私が、コールタール塗装の特徴・メリット・デメリットから、現代の代替塗料まで徹底的に解説します。
1. コールタール塗装とは?基本的な特徴
コールタールは、石炭を高温で乾留(熱分解)する過程で得られる黒色の粘稠な液体です。主に製鉄所のコークス製造時に副産物として生成されます。
コールタールの物理的特性
- 黒色で独特の強い臭気を持つ
- 低い水蒸気透過性(水を通しにくい)
- 高い疎水性(水をはじく性質)
- 優れた電気絶縁性
歴史的な用途
コールタール塗装は、その優れた防食性能から、以下のような用途で長年使用されてきました。
- 船底塗装(フジツボなどの付着防止)
- 橋梁・鉄骨構造物の防錆
- トタン屋根・金属屋根の保護
- 農機具・農業施設の防錆
- 木材の防腐処理(シロアリ対策)
- 地下埋設管の防食
2. コールタール塗装のメリット
コールタール塗装が長年使われてきた理由には、以下のような優れた特性があります。
優れた防食性能
コールタールは水蒸気透過性が非常に低く、金属表面への水分の到達を効果的に防ぎます。特に没水環境(水中に沈んでいる状態)や地下埋設環境では、他の塗料を上回る耐久性を発揮します。
低コスト
製鉄所の副産物として大量に生産されるため、原料コストが低く抑えられます。広い面積を塗装する場合、材料費の差は大きなメリットになります。
高い付着性
鉄鋼や木材に対して優れた付着性を示し、適切に下地処理を行えば長期間剥がれにくい塗膜を形成します。
3. コールタール塗装のデメリット・注意点
コールタール塗装には、使用を慎重に検討すべき重大なデメリットがあります。現場で実際に施工してきた経験から、正直にお伝えします。
健康リスク(発がん性)
コールタールは、国際がん研究機関(IARC)によってグループ1(ヒトに対して発がん性がある)に分類されています。
コールタールに含まれる多環芳香族炭化水素(PAHs)が主な原因物質です。長期間の皮膚接触や蒸気の吸入は、皮膚がんや肺がんのリスクを高める可能性があります。
施工時には必ず以下の保護具を着用してください:
- 有機ガス用防毒マスク
- 保護手袋(耐溶剤性)
- 保護メガネ
- 長袖の作業着
強烈な臭気
コールタール特有の刺激臭は非常に強く、100メートル以上離れた場所でも感知できることがあります。住宅密集地での施工は、近隣トラブルの原因になりかねません。
施工前には必ず近隣への事前説明と、施工時期の配慮(風向き、気温など)が必要です。
ブリード現象(上塗り不可)
コールタール塗装の最大の欠点は、上塗りができないことです。
コールタールに含まれる油分が経時的に表面に浮き出し(ブリード現象)、その上に塗った塗料を軟化・変色させてしまいます。
つまり、一度コールタールを塗ると、将来的に別の色に塗り替えたい場合でも対応できません。剥離して下地からやり直すか、コールタールを重ね塗りするしかありません。
完全硬化しない特性
コールタールは一般的な塗料と異なり、完全に硬化することはありません。乾燥後も若干のベタつき(タック性)が残ります。
この特性は柔軟性の維持には有利ですが、ホコリや汚れが付着しやすいというデメリットにもなります。
厳格な施工条件
コールタール塗装には、以下の厳しい施工条件があります:
- 気温:10℃〜32℃
- 湿度:85%未満
- 被塗面の温度:露点より3℃以上高いこと
- 雨天・強風時は施工不可
これらの条件を満たさない施工は、密着不良や早期劣化の原因になります。
4. 正しい施工方法と手順
コールタール塗装で最も重要なのは、下地処理(ケレン)です。どんなに良い塗料を使っても、下地処理が不十分では性能を発揮できません。
ケレン(素地調整)の重要性
「ケレン」とは、塗装前に素地の汚れ・サビ・旧塗膜を除去し、塗料の密着性を高める作業です。塗装工事の品質の7〜8割はケレンで決まると言っても過言ではありません。
ケレンの種類と方法:
- 1種ケレン:ブラスト処理で完全にサビ・旧塗膜を除去
- 2種ケレン:電動工具でサビ・旧塗膜を除去
- 3種ケレン:手工具でサビを除去、活膜は残す
- 4種ケレン:清掃程度、軽微な汚れ除去
コールタール塗装の場合、最低でも3種ケレン以上が必要です。
塗装手順
- 素地調整(ケレン):サビ、汚れ、油分を完全に除去
- 清掃:ケレン後のダスト、粉塵を除去
- 下塗り:薄めに塗布し、素地への浸透を促進
- 乾燥:最低24時間以上
- 上塗り:規定の膜厚になるよう塗布
- 乾燥・養生:完全硬化まで保護
乾燥時間の目安
- 指触乾燥:約8〜24時間(気温による)
- 塗り重ね可能:約24〜48時間
- 完全硬化:約7〜14日
気温が低いほど乾燥に時間がかかります。冬季の施工では余裕を持ったスケジュールが必要です。
5. 現代の代替塗料:タールフリー変性エポキシ樹脂塗料
コールタールの優れた防食性能を維持しながら、健康リスクやブリード問題を解決した塗料が開発されています。
タールフリー変性エポキシ樹脂塗料とは
タールフリー変性エポキシ樹脂塗料は、コールタールを使用せずに、エポキシ樹脂をベースに特殊な変性を加えた塗料です。以下のような製品が代表的です:
- 日本ペイント「エポタールBOエコ」
- 関西ペイント「エポテクト タールフリー」
- 中国塗料「シーモレックスNT」
タールフリー塗料のメリット
従来のコールタール塗料と比較した場合の優位点:
- 特定化学物質に非該当(作業者の安全性向上)
- 臭気が大幅に軽減
- 上塗り適合性が良好(ブリード現象なし)
- 防食性能はコールタールと同等以上
- 耐衝撃性が約2倍
- 乾燥時間が短い
性能比較
従来のコールタール塗料とタールフリー変性エポキシ塗料の比較:
【防食寿命】コールタール:非常に長い → タールフリー:同等またはそれ以上
【耐衝撃性】コールタール:標準 → タールフリー:約2倍
【特定化学物質】コールタール:該当(厳格管理必要) → タールフリー:非該当
【上塗り適合性】コールタール:不可 → タールフリー:良好
【VOC排出量】コールタール:比較的高い → タールフリー:低減
私の経験上、現在の新規工事ではタールフリー塗料を第一選択としてお勧めしています。
6. DIY向け:高機能さび止め塗料の選択肢
ご家庭でトタン屋根や鉄部のメンテナンスをお考えの方には、より扱いやすい塗料もあります。
サビの上から塗れる塗料
軽度のサビであれば、サビを完全に除去せずに塗装できる製品があります。
- アサヒペン「油性高耐久鉄部用」
- カンペハピオ「油性シリコンタフ」
- ニッペ「さびの上からそのまま塗れる塗料」
ただし、浮きサビや厚いサビは事前に除去が必要です。
サビ転換剤の活用
サビ転換剤は、赤サビ(酸化鉄III)を化学的に黒サビ(酸化鉄II)に変換し、安定した保護被膜を形成します。
- ENDOX「サビキラーPRO」
- BAN-ZI「サビ転換塗料」
DIYの場合でも、可能な限りサビを落としてから使用することで、効果が高まります。
7. コールタール塗装が適しているケース
デメリットを理解した上で、コールタール塗装が有効な場面もあります。
文化財・歴史的建造物の修復
オリジナルの材料・工法を維持することが求められる文化財修復では、コールタールが指定される場合があります。
特殊な環境条件
- 常時没水環境(水門、護岸など)
- 地下埋設環境(配管、基礎杭など)
- 海洋環境での重防食
これらの過酷な環境では、コールタールの防食性能が依然として有効な選択肢となる場合があります。
既存コールタール塗膜の補修
既にコールタール塗装が施されている箇所の補修には、同じコールタールを使用するのが最も確実です。異なる塗料を塗ると、ブリード現象で不具合が生じる可能性があります。
8. まとめ:塗料選びで重要なこと
コールタール塗装について、職人としての経験を踏まえてお伝えしてきました。最後に、塗料選びで重要なポイントをまとめます。
ライフサイクルコストで考える
初期費用だけでなく、メンテナンス費用、将来の塗り替え費用、撤去費用まで含めた総合的なコストで判断することが大切です。
コールタールは上塗りができないため、将来的な選択肢が限られることも考慮してください。
作業者・環境への配慮
発がん性物質を含むコールタールは、作業者の健康リスクと近隣への影響を十分に考慮する必要があります。現在は同等以上の性能を持つ安全な代替塗料があります。
下地処理(ケレン)が全て
どんな高性能な塗料を使っても、下地処理が不十分では意味がありません。
塗装工事の品質は、見えない下地処理で決まる。これが50年間塗装に携わってきた私の結論です。
ヨコイ塗装では、コールタール塗装を含む各種防食塗装のご相談を承っております。トタン屋根、鉄骨構造物、農業施設など、最適な塗料と工法をご提案いたします。
愛知県扶桑町近郊で塗装工事をお考えの方は、お気軽にご相談ください。
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